勇者は呪われてしまった。

SAD(社会不安障害)という呪いにかかってしまった勇者の日記

1ヶ月ぶり

なんだかほったらかしていたら前回の投稿からもう1ヶ月以上。毎日ペースで書こうという決意はどこへ。。

前回の投稿は確か釜山に行ったとき。帰ってきてから、韓国で遊んだ分、きちきち(スケジュールをきちきち、もしくは基地外みたいに、の略)に仕事をたくさんしていたら今日になってました。空いた時間はほぼゲームしているか、本読んでいるかのどっちか。やっていたゲームをクリアしたのもあって、またブログでも再開するかと。

とりあえず、平穏な1ヶ月でした。

でもね、頑張っているはずの読書療法が全く進んでいない。もう4月も後半なのに、全然何も解決していない。仕事っていっても、ほぼ人と会わない仕事なんで、「仕事で忙しい」=「社会不安障害が抑制される」というパターンに入っておりまして、どうしても危機感というか、やる気が出てこない。こんなんだから、こんな年になるまで壊れた心を直せていないんだろうとは思うんですけどね。

まあ、まずは少し外へ出ようぜ、ってことで、歯医者の予約取りました。簡単な話だけど、ドキドキして1週間悩みました。相変わらずショボい性格です。

韓国の釜山で食い倒れ

韓国の釜山に来ています。さっそく今日は焼き肉食べてきた。高かったけど、さすがに美味しかった。

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仕事も久しぶりにお休みをいただいたので(フリーランスだから自由なんだけど)、食べて、歩いて、しばらく療養する予定です。

そういえば、昔の小説なんか読んでると「神経衰弱のため、どこそこの町で数ヶ月療養生活を・・・」とか出てくるから、精神的な衰弱(僕の場合は慢性的だけど)には、しばらく日常を離れるというのはいい活動なんでしょう。ただ、小説に出てくる人みたいに、それほど長期に仕事は休めないから(ああいう人は結局裕福層か)、数日くらいじゃなんの意味もないかもしれないけど。。

海外は好きでよく行くんですが、外国という環境では比較的社会不安障害の症状も抑えられているんじゃないかと今日気付きました。たぶん、僕が病んでいる対象は、「社会」というものではあるんだけど、もう少し具体的に言うと「日本社会」なんだろうと思う。世間の目とか、空気を読むとか、人様に迷惑をかけてはいけないとか、そういった幼少の頃からすり込まれている意識が問題なわけであって、外国にいる間は、そういった条件が弱まるから、気分が上昇したり、症状が治まったりするのかな。

ひょっとすると、たとえばメキシコとか、もっと陽気でストレスフリーな(だと思われる)社会に生まれていたら、社会不安障害にもなっていなかったかもしれない。たしか、社会不安障害は東アジアでは特に多いみたいな話も本で読んだことあるし。

まあ、これも運、か。

他人からの指摘に対する心構え

社会不安障害とは直接的な関係はないのかもしれないけど、他人から指摘されるのが苦手。

たとえば今日なんだけど、仕事先の人から作業内容に対するフィードバックが来て。どちらかというとお褒めの言葉ではなくお叱りの内容。いや、全体的には怒られているわけではなく、「これこれ、こういうミスがあったから、今後は注意しましょう」という程度の内容で、今後も安定して仕事をもらえるにはすごく重要な、建設的なフィードバック。こういうときは「よし、今後に活かすぞ!」となるのが、まあ「普通の」あるべき姿でしょう。でも、僕の場合、注意しないとすごく、どうしようもなく落ち込んでしまう。個人攻撃されているみたいに感じてしまう。個人を否定されているかのごとく思ってしまって、「ああ、やっぱりこの仕事は無理なのか。。」と、まさにオールオアナッシング思考に陥ってしまう。

やっぱり社会不安障害の一つの症状なのかな。

もちろん建設的ではあっても、厳しい言葉をもらったときに傷つくっていうのはよくある話かもしれない。でも、やっぱり程度の違いはあるんだろうね。さすがに、僕みたいに自己否定にまで陥る人もあまりいないかもしれない。

どちらにしても、頭では分かっている話だから、なんとか思考で軌道修正しなくてはならなくて、これが大変。たまに来る心が不調なときにこれが発生しちゃうと、軌道修正すらできなくなって、魔のコースへ。今日は運のいいことに、天気もよかったし(天気で大分左右されるんじゃないかと最近思ってます)、気分的には悪くなかったので、今回はちゃんと乗り切れそうだけど。

疲れます。いちいち。

本当に変わりたいのかどうか

なかなか進まない「不安もパニックも、さようなら」による読書療法。現在第4章。

第4章は「本当に変わりたいですか」という内容。いわゆる「抵抗」と呼ばれることについて。つまり、僕らはもちろんみんな不安障害を治癒したいと思っているけど、別のレベルではそれに「抵抗」する思考も存在するという話。

本当に変わりたいのか?

答えは当然「もちろん!」ということなんだけど、一方で確かに抵抗も存在する。

自分の場合もいろいろあると思うけど、例えば

  • 治そうとする苦労が大変そう・面倒くさい・怖い
  • 治ったら(またはある程度よくなったら)いろんなことに挑戦しなければならない
  • 治るためには今怖いと思っていることをやらなきゃならない
  • 治る努力をして失敗したら本格的に人生終わるんじゃ

とか。単純に従来通りの予期不安の一形態でもあるような気もするけど、それにしてもこれは新しい発見だった。

また、もう少し細かいレベルで、例えば現在は読書療法という形を取っていて、これがだめなら病院(つまり薬物治療)へと考えているけど

  • 読書療法を進めてみてだめなら病院に行かないといけない
  • 薬に手を出すのが怖い

というような思考も、また一種の抵抗として存在していて、なんとなくこんなことを考えていると、読書療法もなかなか進まない。。

もし社会不安障害がなくなると、本当に広い世界が待っているような気がするけど、その広さもある意味怖かったり。うまく説明できないけど。。

とりあえず、ゆっくりでもいいから、前に進んでいこうとは思う。

人それぞれの戦い

しばらくぶりのブログです。

最近ブログを始めた関係で、ほかのお仲間不安症の人のブログも見るようになったんですけど、本当に人それぞれ、心に潜む悪魔と戦っておられる。

他の人のブログを見ながら、「自分より大変だ」とか「自分よりマシかな」と思ってしまうけど、でも実際は、みんながみんなそれぞれギリギリまで戦っていることを忘れてはいけない。

「自分よりxxだ」

と思ってしまうことは、つまり

「あの人はこんなに大変なんだから、おまえの苦しみなんか大したことない。おまえが弱いんだ」

という思考に陥ってしまうわけで。

人それぞれ環境が違ったり、生まれ持ったポテンシャルのようなものが違ったり、経験が違ったり、症状が違ったり、一緒にいる人が違ったり、とにかくいろいろ。単純に比較できないのは当たり前。

重要なことは、本人の心にすむ独特な悪魔とどう戦うか、どう鎮めさせるか。ある程度共通の戦い方はあっても、攻略法は細かく言うと全部別。結局、自分でなんとか見つけるしかない。もちろん人の助けは必要ではあるけど。

 

2種類の「誰も気にしてくれない」

この前ネットで見かけた画像。ぐっときたので紹介。

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英語なんだけど「Nobody gives a shit」というのは、「誰も気にしてくれない」「誰も気にしない」という意味。同じ言葉なんだけど、二通りの受け取り方があるっていうお話です。

①の「Nobody gives a shit」は、なんだか悲しそう。「誰も気にしてくれない」から、悲しいんですよね。「自分の気持ちなんか誰も考えてくれない」とか、「自分のことなんか誰も構ってくれない」とか、「自分のことなんかみんなどうでもいいと思ってる」ていう意味合いでしょうね。

②の「Nobody gives a shit」は、逆にうれしそう。「誰も気にしない」から気が楽なんでしょう。「自分がこんなことしても誰も気にしない」とか、「自分の失敗なんか別に誰も気にしていない」という意味か。

社会不安障害もどこか似ていて、

みんなに見られている

とか

みんなが変な奴だと思ってる

という考えに縛られていて、いろんな症状に表れてしまう。

上の②みたいに、

誰も自分のことなんか見ていない

とか

誰も自分の変な振る舞いなんか気にしていない

と考えることができれば、かなり救われる。

とはいえ、こういうことは頭ではわかっていることなんだけど、なかなか自分の中に信じ込ませることが難しいというのがまさに問題なんだけど。

でも、こういう画像を見ると、ちょっと元気になります。

 

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傍目からみるとどうでもいいこと

傍目から見るとどうでもいいことを、生死をかけて心配してしまう。

自分でも、本当はどうでもいいことなのに、と思っていても、命がけで心配してしまう。

本当に、自分でもアホかと。死ぬほど情けない気分になって、そう感じていることに馬鹿馬鹿しくなって。マジアホかと。こんな奴いねーよって。

実は自分だけじゃないらしいと最近気づいて少し楽になったけど、それでも無意識的にそのことをほぼ忘れている日々なので、基本的には何も変わっていない気もする。いや、むしろいろんなことを知ってしまったので、症状としては若干悪化しているような。

久しぶりにクソみたいな気持ちになった1日でした。