勇者は呪われてしまった。

SAD(社会不安障害)という呪いにかかってしまった勇者の日記

基本的には運じゃないか

世の中の人々の幸せとか成功とか、基本的にはほぼ運次第じゃないか。

どんなに事業で成功しても、どんなに幸せな人生を送っていても、基本的にはその人間の生まれながらの資質であったり、環境であったり、タイミングであったり。逆に、どんな底辺な生活をしていても、同じように、生まれながらの資質や環境、タイミング、そういったものがうまくかみ合わなかっただけ。どちらが優れているとか劣っているという話ではないんじゃないか。

究極的には、どんなに最悪な犯罪を犯した人間であろうと、サイコパスと呼ばれるような、どこか生まれながら、または環境によって頭のネジが緩んでいたり、外れていたりすることで、そうなってしまうこともあるだろう。それもある種運じゃないか。

これには、個人の努力とかにもかなり影響しているはず。「俺がこの地位にいるのは、やはりそれだけ苦労して頑張ったから」なんて偉そうに言う人もいるけど、努力できる条件や環境なんてのも間違いなくある。ある成功人の「大変な努力」というのが、別の人では普通のこと(例えば朝元気に起きたり、仕事に行ったり、他人に会ったりということ)をするのにも必要なレベルかもしれない。精神に何らかの異常をきたしている我々なんかは、それを感覚的に理解できているような気がするんだけど、いわゆる一般の精神的「健常者」の方々はその視点がないのではなかろうか。

何が言いたいかっていうと、そして何を自分に言い聞かせているのかっていうと、これはみんな僕たち個人の責任ではないってこと。ずっとだめな人間だと思い込んでいたけど、ある程度まだそう感じているけど、きっと現実はそうじゃなくて、単純に難しい設定で人生過ごしているだけなのかもしれない。